鮎川誠さんの追悼企画された音楽雑誌
ギターマガジンを読んでいたら
改めていろんな言葉が胸に刺さりました。
私は高校2年の時に
来日したことがきっかけで17歳から
ローリングストーンズが好きになり、
19歳の予備校生時代に
たまたま読んだ雑誌 宝島に
日本の古いロックが特集されていて
それがきっかけで鮎川誠さん世代の
日本のロッククラシックを知りました。
当時は神戸三宮の予備校に行ってたので
三ノ宮にあるCDレンタルや
元町の高架下でCDを漁り
勉強そっちのけでひたすら
音楽ばかり聴いてました(笑)。
(19歳の俺、勉強しろ!)
その世代の音楽を聴いてると
どうやら私の好きなロックやソウル、R&Bは
ブルースとやらを経て生まれたみたいで、
それならばブルースをちゃんと通過しないと
ロックとか分からないのかな?と思い
ブルースを聴きだしたのですが、
奥が深すぎた泥沼な世界で
未だに卒業できず、先祖返りをしたまま
50歳になってしまいました・・・。
こう言うと頭が固く融通が利かない考えと
マウントとられて言われましたが、
何事も基本やルーツを理解しないままでは
なかなか応用が出来ないのも事実。
いきなりオリジナルづくりは困難すぎ。
模倣やパクリを経ていかないと
新しいアイデアは生まれないもの。
ましてや極めたいと思うのなら
避けては通れないと思いますので、
当時、19歳の私はルーツを追うことを
避けずに生きようと決めたのです。
(だ・か・ら 19歳の俺、勉強しろ!)
今の時代は容易く情報が手に入り、
辞書も教科書も参考書を使わずとも
答えらしきものだけは
なんとなく分かるようになりました。
ただ何事もそんなに容易くわかったような
気になるものだけでは生きれないのも事実。
無駄なことは避けたほうがいいとしても
汗をかくことまで否定することは
先で大きな落とし穴がないものかと
思ってる時点で時代遅れなんでしょうか。
でもそんな若い頃に思った思いを
本の中で鮎川さんが表現してくれていました。
趣味の世界とは言え、
もやもやしていた想いを
言葉にしてくれていたので
とても胸に刺さったのです。
古臭い考えと笑う人もいるでしょうが、
自分の答は自分の中にしかないとすれば
共感してくれる人もいるのかなと思い
今回、記事にしてみました。
鮎川さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
最後に鮎川さんの言葉を紹介しておきます。
「・・・それから、誰にせよ
電気ギター持ってバンド作ってやるのなら、
ブルースを拝んどかなきゃいかんのやないけ?
ちゅうのはあるよね。
ちょっと自分の金と時間を
使わなきゃいかんのやないけ?っちゅうのが。
お金を払ってレコードを買う、
自分の大切な時間を少しブルースに割く。
楽してテープを人に吹き込んでもらったり、
楽してブルース聴くんじゃなくて、
自分の時間を少しはブルースに
捧げんと甘かろうぜ!
ちゅう気持ちはありますね。」
鮎川誠 1993年インタビュー
ギターマガジン2023年5月号より抜粋