日本は100年遅れている?

暑い日が続きます。
ちなみに今日は亡き父の誕生日です。
高3の時に55歳で亡くなった父ですが、
生きてりゃ今日で84歳!

そりゃ私もおっさんになるはずだと
朝から思う森下です。

(高3の時の私。文化祭ではなく
文化発表会だった高校でした(笑)。
合間に歌っていた模様・・・。)

昨日で9か月間、治療に通っていた
歯科通院が終わりました。
銀歯を詰めてた歯が欠けたのが去年の11月。
歯医者嫌いな私でしたが、
ネットで調べて、ある歯科に通院。

本当、いい先生に会えました。
50歳までに一度、歯を全部
綺麗にしたかった希望もあったので、
今回、虫歯銀歯を全てセラミックにしました。

最後に1本残っていた親知らずも
抜いてもらいましたが、もうこれは神業(笑)。

5年前に親知らずは、3本抜きました。
(今回とは別の歯科で)
上の2本は歯科で簡単に抜けましたが、
下の歯は紹介状もらって日赤で抜歯。
抜くときも抜いた後も
なかなか大事だった記憶がありますが、
今回は、いつ抜歯されたのかすら
全然わかりませんでした。
ゴッドハンドでした!

最後にマウスピースを作ってもらい
10日前からつけて寝ています。

これからはメンテナンスで通いますが、
治療としては一区切りつきました。

長い通院期間でしたし、
何よりお金もかかりましたが(苦笑)、
気になっていたことが一つクリアできて、
本当によかったです。

(今回作ったマウスピース)

今回の治療の際、
先生が何気に言われた言葉が
実はものすごい心に残っています。

それは「日本は(確か)ドイツと比べたら
技術が100年位遅れている。」という言葉。
確かに今までみたことないような施設、機材で
今までしたことないような治療過程でした。

唾液検査や歯磨き指導なんて初めてでした。
顕微鏡?で細かいところまで見て
治療してもらいました。

何度もレントゲンで
根管治療の状態を確認されていたし、
目の前の大画面で
被せた銀歯をとった時の状況を
動画でも何度か見せてもらい、
余りにも悲惨な状態に衝撃を受けました(笑)。

歯型をとって次回に詰めるのではなく、
写真撮影してその場で新しい歯を作り、
当日に詰めてもらいました。
その際、唾液が入らない様に
ラバーをつけて治療してもらいました。

初めての体験ばかりでしたが、
ドイツなど海外では当たり前の過程らしく、
今までの考えや価値観では
なかったのは事実です。

歯科医の先生の言葉が
何故、ここまで心に残ったかというと
前職の工務店社長時代の最後の頃に
教えてもらったことの表現と
ほぼ同じだったからです。

それは、
「断熱などの性能基準においては
日本はドイツより100年遅れている。」
という言葉。

どれだけのジャンルで日本はドイツに
100年遅れているんだと思いましたが(笑)、
これが今の事実なのでしょうね。
(日本の家の一般的な性能は、
ドイツでは家畜小屋と同レベルらしいです。)

もちろん何もかも
新しいことがいいと断言できるのは、
神のみぞ知るといった世界で、
全否定をするのは勇気がいります。

(後発の新しい考え方は、従来のものを全て
否定するスタンスで来ますが、
なにもかもが新しい考え方のみ正しいと
言い切ればきるほど信仰的な世界になります。

押しつけがましくなればなるほど
それが事実いいものだとしても
相手は受け入れにくくなります。

ビジネスの場合は、その辺のバランスを
大切にしないと思うように相手に伝わらず
結果、思ったほど売れない感じがします。

でも、このニュアンスって技術屋さんほど
伝わらないように思うのは私だけかな?)

しかし、これまでの考え方や価値観では
もう合わなくなってきていることも
多々あるわけで、
そこは素直に取り入れていきたいですね。

とは言え、例えそれがいいものだとしても
新しいものにすぐ変われない理由も同時に
きちんと変えていかないといけないです。

新しいやり方に変わった時に
それまで仕事をしてもらっていた方との
関係はどうなるのか?

家づくりなら仕入れ先や職人さん、
歯科なら銀歯を作ってくれてた業者さん。

例えば、間にいる商社さんをなくせば
仕入れは安くなるけど、
その人達との繋がりを切って、
路頭に迷わすことができるのか?

そんな簡単に今まで
お世話になった人との関係を切れるとしたら
それはそれで何か別の問題な気もします。
(これが甘いという人もいるでしょうが、
そんな人とは私は友達にはなれないだろうな)

そして、一番大きな問題はお金の問題。
どうしても新しい技術はコストが高くなりがち。
実際、今回 治療した歯の治療も保険外が多く
今までと比べたらかなり高額でした。

長い目で見たら結果安いかもしれませんし、
目先のお金にとらわれて選択しないことも
事実、未熟なのかもしれません。

と言っても今を生きていく中で
お金をかけたくても今、かけられない人も
たくさんいるわけですから
「こんないいものなのに
選ばないのはダメだ!」といった
言い方の傲慢さには
いつも違和感があるわけです。
(これが信仰的な印象を生んでたりします。)

セラミックの治療がいいものでも
保険外で高額なら
保険内でできる銀歯の治療が多いのも
今は仕方ないようにも思います。

と言っても新しい技術は
どんどん取り込んでいきたいので
そういった考えがコスト的にも
抑えられる方法はないか?

そんな事が並行して行けれたらいいのになと
そんな夢のような話を思っています。

そして、遡って今回の歯科治療の
保険外だった負担分が先で返ってこないかな?
と都合よく思ったりしています。

・・・・・・・・・・・返るわけないか(笑)。

雨傘と長靴

「暑い!」
口にすればするほど暑いですけど
ついつい言葉にしてしまいます。
本当に暑い日が続きますね。
皆様、熱中症や日射病に気を付けてください。

6年前に自分が書いたブログ記事を
読む機会があったのですが、
今、読んでも改めて胸に沁みた言葉が
あったので紹介します。

シンガーソングライター
ヴィヴィアン・グリーンさんの言葉。

「人生とは嵐が去るのを待つ場所ではなく、
雨の中でもダンスをして楽しむことを
学ぶ場所である。」

確かに、人生って
そんな楽しいことばっかりじゃないし、
しんどい時や苦しい時でも
それを楽しんでやり過ごすくらいじゃないと
人生を楽しむ達人にはなれないなって
今更ながら強く思ったりします。

自分の人生を振り返ったら
若い頃は毎日が土砂降り続きで(笑)、
とてもダンスを楽しむゆとりなんて
なかったように思いますが、
あの頃にこの言葉を知っていたら
もうちょっといろんなことに気づけたり
感謝できたかもしれませんね。

今月47歳になりますが、
大雨の日にでも少しはダンスを
楽しめるようになったのは、
偶然出逢った大きめの雨傘と長靴のおかげ。

ちなみにその大きめの雨傘は奥さんで、
長靴は二人の娘達。

その雨傘と長靴は、
時に意味なく晩飯をせびってきて
焼肉か焼き鳥、回転寿司を奢らされ
時には高くつきますが、

私の人生の雨の日にダンスの踊り方を
手取り足取り 教えてくれるので、
安いものだと強引に自分に
言い聞かせています(笑)。

人生、山あり谷あり。

しんどいときこそ人生を楽しめるように
今日のような晴天の日には、
庭に雨傘と長靴を干して、
手入れを怠らないように気をつけます♪

言ったもん勝ち!

梅雨明けしていい天気が続くと思ったら
台風がかすめて過ぎ去って行きました。

本日午前中はPTA行事でプールでした。
子どもたちは大喜びも
付き添いのお父さんらはバテバテ。
とはいえ楽しい幸せな時間でした。

今日は、土用の丑の日。
鰻を食べて暑さを乗り切ろう!って話。
我が家は娘たちがピアノで
一緒に夕飯を食べれないこともあり、
昨晩に1日早い土用の丑でした。

鰻なんてめったに食べませんが、
実は奥さんの大好物なこともあり、
奮発したのでありました。

とは言え、土用の丑の日に鰻を食べる習慣。
有名な通説では、
こってりしてて夏場に売れないことを嘆く
鰻屋さんが平賀源内に相談したところ
「丑の日だから″う”のつくものを
食べると縁起がよい」と語呂合わせて、
暑い夏を乗り切るには最適!と言い
「本日 土用の丑の日」と看板を揚げさせたら
何だ何だ?とお店を訪れ大繁盛。
それを見た他の鰻屋も真似をしたといった話。

そもそも鰻は秋から冬が旬の食べ物。
こじつけにも程がありますが(笑)、
こうやって売り上げをあげていくのは
ビジネスの原点。

セールスポイント
キャッチコピー
今の時代にも通じるお話です。

と言ってもこの手の話は、
「言ったもん勝ち」の世界ですよね(笑)。

でも、先に言い切ったから
ポジションを獲得して売り上げを伸ばした
成功例の話って多い事を思ったら
笑い話ではなく、耳を傾ける話だと思います。

地元のお店とかでもありませんか?
誰が言ったわけでもないけど
和菓子屋さんの店主が勝手に、
この店は〇〇饅頭が名物です!とか言ったら、
いつの日かその〇〇饅頭が
その店に名物になっていたり、

地元の居酒屋さんが、
この店は餃子が大人気です!とか言い続けたら
餃子が名物になっていたりする話。

ぶっちゃけ、本日のオススメ!とかいう
メニューもお店が勝手に言ってたりするわけで
これもベースは「言ったもん勝ち」の話。

「自分からそんなこと言えない。」
「誰かが言ってくれたから、
名物って名乗れるのであって
そんな勝手に言うのは恥ずかしい。」

そんな真面目なこと言ってる人ほど
商売で苦戦してて、
「そんなことなんでもいい。売れたら勝ち!」
なんて言ってる一見、適当な人のほうが
商売を軌道に乗せていることが多いのも事実。

売れない人、結果残せない人ほど
恰好つけて自分のスタイルに固執しがち。
売れるようになるまでは売れてる店や
売れている人のマネをすることが
実は成長の最短距離だったりします。

これが天然でできる人って
本当、商売人だなっていつも感心します。

「言ったもん勝ちよな~。」と
昔、思っていたエピソード。

住宅業界で家を売っていたときのこと。
どんなハウスメーカーでも
どんな工務店でもどんな大工さんでも
家を建て替える事もあれば、平屋も建てるし、
2世帯住宅も3階建ても建てています。

でも、ある会社は
2世帯住宅なら〇〇(会社名)
ある会社は、建替えなら〇〇(会社名)って
自ら勝手に名乗り出しただけで、

それを検討しているお客さんは
まずは行ってみようと足を運ばれていた事実が
多くあったことを思っても自ら
名乗ってみることって大事だと思うわけです。

これらのことを不真面目とは言いませんが、
真面目な人ほど言えない罠というか
深く考えない人のほうが世の中をうまく
渡っていることが多いのは
こんな背景なんでしょうね?

そう思ったらまずは、自分の売りは何?
自分の武器は何?って考えてみて
それが何なのか分かったら
その次は照れることなく自ら名乗ってみる!

それをセールポイントにする、
それをキャッチコピーにして伝える。
「言ったもん勝ち」の世界ですが、
それでポジションをとることができたら
成功の階段の一段目に登るわけです。

平賀源内ってスゲー!って
改めて思いました。

「400戦無敗」と自ら名乗った
ヒクソン・グレイシーの
セルフプロデュース力にも
改めてスゲー!と感心しました(笑)。

まさに「言ったもん勝ち」!!!

お客様は神様です。

終業式も終わり、娘達は夏休みになりました。
40日ほどの長期休暇でうらやましい限り。
とはいえ親は何かと大変ですが(笑)、
娘達にとって楽しい夏休みになりますように。

先日、ネットで見たのですが、
石垣島のラーメン店が「日本人お断り」
といった貼り紙をして営業されている
ニュースがありました。

マナー違反に困っているお店側の主張も
あったかと思ったら
お店の対応自体も悪かったといった
お客さん側の反論もあり泥試合な展開。

立ち位置によって
お互いの様々な意見もあるでしょうが、

私は「お客さんはもちろんのこと
お店側にも相手を選ぶ権利がある。
嫌なら行かなければいいことで
お店でそれで潰れるのなら仕方ない。」
と思っています。

そもそもの言葉の意味自体が
一般的な認識と違うようですが、

三波春夫さんが言って有名になった言葉
「お客様は神様です」
この言葉の受け手側の勘違いが
話をややこしくさせているような気がします。

本来、ビジネスは売り手と買い手は対等。
買い手は売り手を選べますが、
売り手も買い手を選べます。

買いたくなければ買わなくていいし、
売りたくなければ売らなくていい。

もし、買い手を選んで売れなくなって
商売ができなくなってもそれは覚悟の上。
買い手は嫌なら文句を言うのでなく、
その店に二度と行かなければいい。
ただ、それだけのような気がします。

「お客様は神様です」といった言葉を
都合よく解釈した相手に下僕のごとく
責められてボロボロになったことも
若い頃ありました。
そんな時に知った言葉。

「もし、お客様が本当に神様なら
例えば、こっちがミスしても
許してくれるはず。
なのに、こっちが約束通りしても
なんだかんだ言ってくる人もいる。

だからそんな人たちって
お客様は神様でなく、
お客様は殿様なんだよ。」

そう思ったらなんか心の中が
整理できたような気もしました。

営業は下僕になるのではなく、
あくまで対等で行うものなんだと
自分も殿様になったような気になって
仕事をしたらいいと教えてもらった時から

負け犬状態だった自分を脱却して
少しづつ成果も出せる営業マンに
なっていけた若かりし頃を思い出しました。

その代わり、下僕を望んでくる人からは
嫌われましたけど、心は健康になりました。
何より、いいお客様に可愛がられて
受注も増えていったのも覚えています。

ただ覚悟は、いりました(笑)。
お客様を断るなんていいのかな?
不安でいっぱいでしたが、
やってみて初めて感じること
初めて見える景色がありました。

そして、天然で売れている営業マンって
お客様は誰でもいいのではなく、
お客様を無意識に選り好みしている傾向が
あることにも気づくことができました。
(これが天然でできる人は
営業の天才だと思っています。)

なので、今回の石垣島のラーメン屋さんの話も
お店を生意気だと嫌うお客様がいれば
行かなければいいし、
マナー違反のお客様を嫌うお店ならば
来店をお断りすればいいのです。

それで、お店が儲かるか潰れるかは
誰の責任でもなくお店が選んだ結果。
そもそも10年経って
お店が残る確率は5%なのが厳しい現実。

お店はかなり覚悟をして商売を始めているので
反面、お客様はシビアに相手を選んでもOK
それこそがビジネスの
前提なのではないでしょうか?

店員の態度が悪かったり
店員が未熟でいらだったとしても
偉そうな態度で文句を言ってくる人って
たまにお見掛けしますが
そんな人、みなさん好意を持ちますか?

嫌なら二度と行かなくてもいい以前に
その場で帰ればいいだけのこと。
本当、ただそれだけのような気がします。

そもそも過度なクレームや
横柄な態度をとる人は、
目の前のことに怒っているのではなく、

持っていき場のない人生の怒りの
八つ当たりをしているだけで、
その八つ当たりができる機会を
店員の態度やネットの記事に見つけた時に
スイッチが入っているだけだと思います。

気に入ったら付き合う。
嫌なら断る。
シンプルがいいですね。

そんなかっこいい大人になりたいものです。

一貫性と柔軟性

今日、7月13日は我が家の誕生日。
誕生日というのは引っ越してきた日です。
9年前の今日、この地で生活が始まりました。

我が家のリビングの真ん中には
構造上必要ない柱が立っています。
普段は私の背中をかくことのみに
利用されていますが(笑)、
この柱には娘たちの身長を
刻みこむために立てました。

毎年正月と7月13日に計っていて
今年も刻み込みました。
娘たちが健康で成長してくれていることに
心から感謝したいと思います。

さて、今日は一貫性と柔軟性のお話。

スタンフォード大学の実験結果によると、
人間はひとたび決定を下すと、
一貫した行動をとる傾向があるそうです。

物事を達成するためには
「一貫性」も「柔軟性」も必要ですが、
どっちに重きを置いたほうが
いいのかと言えば、答えも様々でしょうが、
まずは一貫性のほうから
何事も始まるように思います。

そんなこと思いながら
一貫性という言葉をWikipediaで見てたら
興味深い話が載っていました。

『人は自身の行動、発言、態度、信念などに
対して一貫したものとしたいという
心理が働く。
この心理を「一貫性の原理」と呼ぶ。
この心理の根底には、
一貫性を保つことは社会生活において
他者から高い評価を受けるという考え、
複雑な要因の絡み合った社会生活での
将来的な行動決定においてより
簡易に行動を決定することができるなどの
要因があるといわれる。』

確かに一貫性のある人のほうが
評価されています。
ただ、読み続けていくと
その一貫性をとろうとする心理を利用した
ビジネスのテクニックが書かれてありました。

基本的なテクニックな分、
ご存じの方も多いので詳細は書きませんが、
「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」
「返報性の法則」などがその例です。

Wikipediaを読む中でその先に書いてあった
「ローボール・テクニック」っていう話を
読んでいて昔を少し思い出しました。

私は以前22年間、住宅営業をしていました。
ありがたいことに多くの方の家づくりの
お手伝いをさせて頂きました。

仕事していく中ではもちろん
他社と合い見積もりになるようなことも
多くありましたが、そんな時によく
相手の会社にこのローボールテクニックを
使われて、嫌な気持ちになったものです。

これは一貫性の原理を利用したもので、
悪い条件を隠しておいて、顧客が購入を
決定した後で条件を出す手法。

「弊社は先方の内容と同じですが、
300万円安い1500万円でできます。」と
言って、意思決定をさせ商談が進んでから
「実は・・・」と言って価格をあげていくもの。

他人事なら「そこで断ったらええやん!」と
思われるでしょうが、
実際、当事者になるとそうでもありません。

一度、買うと決めたらその決定を覆してまで
キャンセルしようとはしないものです。
まさに「一貫性の法則」を利用したもの。

結果、当初より大きな変更も追加もないのに
何百万円も高く買うことになります。
後で、価格が高くなったといった話も
昔多かったですが、今も少なくありません。

「おとり広告」にも似てますとも
書いてありましたが、本当、その通りです。

競合では契約したもん勝ち。
所詮、断られた側の
負け犬の遠吠えなのでしょうが、
これは売り手の都合なだけで、
お客さんにとってのものでない以上、
こういったケースで他決されたときは
いつも嫌な気持ちとお客さん大丈夫かな?と
気になって仕方なかったです。

詐欺師や勧誘テクニックとして
今も利用されていて
住宅販売でもまだまだこの手の売り方を
している会社はたくさんあります。

高額な分だけ価格は大事ですが、
判断基準の一番が価格なときに
概ね起きているように思います。

そんなときは自分自身の行動は
一貫性を保とうとしているだけではないか?
後出しで知った情報を
そのまま時間だけ遡ったら
最初の要求を受け入れていただろうか?と
自問自答することがよいと
書かれていましたが、

私なら合い見積もりする会社が
仮に3社あるとしたら
価格が安い会社を3社残すのではなく、

自分が建てたい家を建ててくれそうな3社、
何より実績、提案を含めて
信頼信用ができる3社といった基準で
検討して頂きたいと今でも思っています。

一貫性をもつという考え方は
とても大事ですが、
時に柔軟性をもって
自分を客観視できることを
忘れないことで一層、その一貫性は
筋が通ったものになるのではないでしょうか?

9回目の我が家の誕生日の今日は
改めて家族のことを考えてみます。
夜、娘たちは習い事でいませんが(笑)。

モラル・ハラスメント

7月になりました。

暑くなってきたせいか
読書することが増えました(笑)。

ここ数か月の読書のペースは
ビジネス本や自己啓発本で10冊~/月、
音楽、野球、格闘技、お笑い、麻雀などの
趣味の本が5~10冊/月といった
ほどよい いい感じ(笑)。

読み直した本が何冊もありますが
だいたいこんなペースです。

どの本も面白く、学びになる事は多いですが、
今までモヤモヤと思っていた疑問や
漠然と悩んでたことをズバッ!と
痛快に言い切ってくれるような本に
出逢えることはそうあるもんでもありません。

そんな中、久々にズバッ!と
心を切られる本を読みました。
実は先月に読んで、あまりにも納得したので
1か月ほど寝かして再度読みました(笑)。

その本は、早稲田大学名誉教授であり、
ラジオの人生相談を40年以上されている
加藤諦三さんが書かれた
「モラル・ハラスメントの心理」と言います。

今の時代、〇〇ハラスメントって言葉
何個あるんだろうと思いますが、
モラルハラスメントとはどういったものか?
興味があったので読みました。

問答無用のハラスメントはさておき、
なんでもかんでも受け手側の判断で
ハラスメントだと騒ぐことも
時として、それこそ暴力や痛がらせと
感じてしまうときもあるのですが、
これからの時代はこれらの言葉の意味を
きちんと把握しておくことは大切と思います。

そんなところで知った
モラル・ハラスメントとは、一言でいうと
「美徳による束縛」
「恩着せがましい無意識の束縛」といった
ニュアンスでした。

モラル・ハラスメントの加害者は
相手に罪の意識を持たせることが狙い。
善人の顔しながら相手に
罪の意識を持つように追い込み、
愛の言葉を持ちだして相手を支配します。

それでいて本人は悪気がなく
無意識だったりするので
結構、タチが悪かったりします(苦笑)。

言ってるほうも善人の顔をしてるから
相手も周りもそれに気づきにくい。

例えで書いてあったのは
親が子にするモラル・ハラスメントでの
典型的な言葉は
「あなたさえ幸せなら私はどうでもいい。」

表面は「愛情」 隠された内面は「束縛」
躾とか教育という美徳による支配。

暴力をふるう最悪の親は分かりやすいが、
モラハラをする親は分かりにくい。
こんな感じで書かれていました。

自分に置き換えたとき
学生時代でもいつの時代でも毎日の中で
モヤモヤしたこと、漠然と疑問に感じたような
こんな瞬間が多々ありました。

どうしていいことを言ってくれてるように
思えるのにこの違和感は何だろう?

どうして周りの人は相手だけを正しいと思い
こっちを責めてくるのだろう?

日々の中で感じていた不協和音の正体は
これだったのか?
来月47歳になる今になって
やっと気づいたりしたわけです(笑)。
遅っ。
30年くらい返せ!!!

笑って思えるだけマシなのかも知れません。

こう思うとまだセクハラやパワハラのほうが
憎む相手を特定しやすく
周りにも分かりやすいだけ
マシなのかもしれませんね。

モラハラは、相手が善人に見えるし、
言葉の響きが綺麗な分だけ
誤解して受け取ってしまいます。

「あなたのために」という言葉は
相手の心を縛り、相手を支配するための言葉。

「お前の将来を思えばこそ」という言葉は
相手を束縛することを合理化しているだけ。

正論で叱るとき、もっともらしく見えるが、
相手に当たった場合は、
それは自分の怒りの合理化である。

相手に高圧的になることは、
自分の無能を隠すためである。

読んでて「俺、大丈夫か?」と
ドキドキしてきますが(笑)、
周りの人や家族、友人、何より我が子に
自分はこういった態度でいないか?
本当に自分を客観視できるいい機会でした。

「お前はダメな人間」と言われたら
戦うこともできるが、
「あなたは罪のある人間」と言われたら
戦う気持ちすらなくなる。

本当、言葉ひとつで相手を傷つけてしまう。

ハラスメントといった言葉だけが
世の中を一人歩きして、
こういった本質が隠されないように・・・

真面目に一生懸命生きている人が
報われる世の中でありますように…

娘たちにモラル・ハラスメントをする
親になりませんように・・・

たまにこの本は読み返せるように
「定期的読み返す本 BOX」に入れました。

追伸

モラル・ハラスメントの被害者は
自分よりさらに弱い立場の人を見つければ、
時にモラル・ハラスメントの加害者に変わると
書いてありましたが、

これって高校1年生のときに
ブルーハーツが発表した曲TRAIN-TRAINの歌詞
「弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく」
と同じ意味。

先日、働き方改革の今を逆走する重労働に
心も体もすり減った大切な人と話したときに
「なるようになるさ」といい意味で開き直って
もう一度立ち上がろうとしてくれたのですが、

これって中学3年生のときに
ブルーハーツが発表した曲 少年の詩の歌詞
「どうにもならない事なんて
どうにでもなっていい事」と同じ意味。

そう思ったら30年前に
もう教えてもらってんだなって気づいてから
最近は今更ながら
ブルーハーツを聴き直しています(笑)。

芸人の闇営業ニュースを見て思ったこと

関西地方が、ようやく梅雨入りしました。
とたんに雨が続き、蒸し暑いです。

農作物にとって充分な雨が降ったら
1日も早く梅雨明けして、
ほどほどに暑い夏が来て欲しいと
こっそり願っています(笑)。

最近、テレビを賑やかしている
芸人さんの闇営業問題。
こういった問題って中途半端に誤魔化そうと
初手をしくじると本当にダメージが大きい。

関連した芸人さんたちも謹慎となり、
出演していたテレビ番組も降板や
終了しそうな展開になっています。

このニュースに関しては
様々な意見が出ていますが、
個人的にかなり違和感があります。

問題の論点がすり替わっていませんか?

いろいろな意見を聞いていると
直接、お金をもらっていることや
相手が反社会勢力の人であったことを
責められていますが、
そうではなく、
そもそもの問題が
「会社を通さずに仕事を受けたこと」
これに尽きるように思います。

会社に属して仕事をしている以上、
窓口は会社でなければいけないわけで、
直接、仕事を受けた姿勢こそ
問題なのではないでしょうか?

会社とは雇用契約自体なかったからとか
意見もあるようですが、
黙認とは言え、自分たちはその会社に
属していることで今まで仕事してて、
(事務所の先輩後輩とか
言っていた訳ですから・・・)

こういった事件が起きたら
急に立ち位置を都合よく解釈していることが
問題の根っこのような気がしてなりません。

それなら直接こうしていいかを
その時に会社に確認をしたらいいわけです。

仕事量の99%を発注してくれる
メインの取引先に同業業者と付き合うことを
隠してコソコソしてたら
それだけで今後のお付き合いを
再検討されるのが一般社会な気もします。

例えば、会社を通した仕事でも
行ってみたら事前に虚偽があり、
相手が反社会勢力の方々といったことも
絶対ないとは言えません。

でも、相手がそうだったとしても
会社を通じてのことなら
それを受けた会社が責められても
芸人さんが咎められることはないですよね?

そうであれば、やっぱり
最初に相手が誰だったとか
お金を受け取ったとか以前に
会社に相談もせず、会社を通さずに
仕事を受けた姿勢自体に
そもそも今回の問題であったはずです。

そのあたりをうやむやにしていること。
権利は主張するけど
義務は放棄している感じに
どうも違和感があるのです。

とは言え、一般の社会でも
似たような話があります。

組織である以上は
業者からリベートを個人的にもらうこと、
会社を通さずに仕事を受けること、
勝手にルールを都合よく変えることは
一発退場くらいの処罰でないといけません。

疑わしいのに黙認すること。
実際起きたことがわかっても
うやむやにして許してしまうこと。

こういった前例ができてしまうと
以後、同じようなことが起きても
もう止めれることもなくなります。

逆に、前は何も言わなかったのに
どうして今回から言うのか?みたいな
自分のことは棚にあげた逆キレや
あの人だけどうして許されるんだ?といった
スタッフたちの不満がでてきて
組織の信頼感がガタガタになります。

やっぱり、子育てのように
いけないことはいけない。
いけないことに理由なんてない姿勢で
即答で言い切れなかったら、
結果的に間違った相手を
許せる機会すらなくなってしまいます。

それこそ誰しも望まない結果では
ないのでしょうか?

今回の件も、初手で間違って
嘘をついたことが全て。
関係者の怒りもほとんどが
会社通さずコソコソしたこと、
そして嘘をついたことが
理由だったように思います。

謝罪や復活の機会すら与えないことが
みんなが望んだわけではなかったはず。

好きな芸人さんもいたので残念ですが、
今後どうなるかはわかりません。

仕方ないようにも思いますが、
再起のチャンスもあればと思います。
でも、それにはもう誤魔化さないで
正直に事実を言って
きちんと謝れないと始まりません。

それで周りがどう受け取るかはわかりませんが、
そうしないと始まらないですから。

正直に言った上で謝罪しないと
なかなか受け入れられないのは
一般社会も同じですので、
自分たちにも置き換えて考えてみる機会に
したいと思います。

追伸

そんなこと言いつつも、芸人さんって
我々と違って特殊な世界だったりします。
そもそもの話、芸人さんって
どんな存在かっていう話を
昔、上岡龍太郎さんが言ってたことがあります。

この映像を見ると上岡さんの話に
納得してしまう部分もありますが(苦笑)、

時代が変わり、考え方も変わってきたのなら
改めて自分の立ち位置も
再確認する必要があるのが、
今の時代の価値観とも思うのです。

何気ない一言で・・・・

6月も下旬に差し掛かったというのに
まだ梅雨入りしていない姫路。

今日明日は、大きなお祭りの一つ、
ゆかた祭りが開催されます。
毎年22日~24日の3日間ですが、
今年はG20サミットの警備の都合で
2日間開催になった模様。

昔は、約800店ほどの屋台の数で
姫路駅前は埋め尽くされ、
にぎやかなお祭りでしたが、
今はかなり縮小されました。

昔のような盛大なお祭りに戻ってほしい
と思うのは、私だけではないはず。
時代の流れとは言え、寂しいものです。


(昔はこんな感じだったな・・・)

昨日、ニュースで八村塁さんが
NBAのドラフト会議で1巡目に
指名された話を見ました。

すごいことのようですが、
なんせ中1で身長が止まった私からすると
バスケットボールは興味あるスポーツでは
なかったのでピンときません(笑)。

ただ、八村選手が満面の笑顔で
堂々と挨拶しているのを見て、
とても好感を持ちました。

手のひら返してNBAの試合も観そうです。
活躍を応援したいと思います。

八村選手がインタビューで
中学校時代のコーチへ感謝を伝えたいといった
話をされていました。

バスケをした一番最初に
「お前はNBA選手になれ!」と言われたこと。

おそらくこのコーチはそんな深い意味もなく
ある意味、無責任に言った
そんな一言だったと思います。

でも、八村選手はその一言で
新しい世界が開かれたと思うのです。

そう思うと、一番初めに言われた言葉って
とてつもなく大きな影響力があります。

最初にお世辞でも言われたその一言で
特に子供は、そのことに興味を持ち
そのことを頑張ろうと思います。

逆に言えば、最初に笑われたり、
馬鹿にされたらそのことに
興味すらなくなるわけですから、
最初にかけられた何気ない一言で
未来は大きく変わるのだと思います。

以前、テレビの番組で
ある有名私立高校の物理の先生が
教え子の中で一番優秀だった生徒の話を
されているのを見ました。

その生徒は、大人になり
アメリカで国際的な建築士になられていて
大成功されていました。

どうして物理ができたのか?
どうして物理に興味を持ったのか?って
質問されてた時にこんなことを言われてました。

その人はもともと物理は
興味も全然なかったそうです。

ただ、高校入って一番最初の物理の授業で
先生がこんなことを言われたそうです。

「物理とは何か?
物理とは未来を予測する術だ。
例えば、ここからボールを投げた時、
何秒後にどこに到達するかは未来の話。
あらかじめ予測するのが物理だ。」

それを聞いて「何、その面白い話?」と
思ったその人は興味をもって学び、
自分の人生において大きな影響を
受けられたと言ってました。

もともと優秀な人だったのでしょうが、
その一言がなかったら
ここまで物理に興味を持つこともなく、
もっと違う人生を歩んだかもしれません。

そう思ったら先生が話した話ひとつで
大きく人生や未来は変わっていくのです。

そう思ったら自分が言う何気ない一言で
相手は元気にもなるし、
やる気も起きるけど、
言い間違えたら相手を傷つけ
やる気も興味もなくさせてしまうのです。

そう思ったら八村選手も
もともと才能もセンスもあったのでしょうが、
そんなコーチに巡りあえたことが
何より幸運だったのでしょうね。

私も人生を振り返った時に
ターニングポイントになった時には
ものすごい影響を受けた人との
大きな出逢いがありました。

なんでも自分一人でやれるようになったと
勘違いしてしまう時もありますが、
謙虚に出逢えたことに感謝できるよう
日々、心がけたいと思います。

仕事や勉強といった枠ではなく、
人生といった大きなくくりでは、
私にとって一番大きな出逢いは、
やっぱり奥さんです。

仕事が多忙でかなりお疲れ、
2週間ほど腰痛のようなので
この週末のどこかで1時間ほど
あんま でもさせてもらうことにします(笑)。

最初にすべきことは?

最近は子どもの行事が続いてます。
先週は運動会。
昨日の金曜日は、次女が校外学習。

木曜日に出張から帰ってきたので、
金曜日は朝から張りきって弁当づくり。
もちろん、嫁さんの分も(笑)。


(父ちゃん作の弁当)

校外学習、楽しみなのでしょうね。
次女は珍しく6時に起きてきました。
いつもは着替えなさいと言っても
なかなか着替えないのに
この日は6時5分には着替え終了(笑)。

7時半にいつもは家を出るのに
7時15分に出ていこうとする始末。
どれだけ楽しみやねん!と笑いました。
可愛い娘です。

今日は、朝からPTAの廃品回収と
子ども会の公園掃除がありました。
最近は、こうした行事ごとで
同じ町内の方々とお話しします。

子ども絡みの行事を通じて、
初めてその地域に溶け込んでいき
地元の人となっていけると
以前、本で読んだことがありましたが
最近、本当その通りだなと感じてます。

あいかわらず、乱読ですけど
いろんな本を読書しています。

先ほど書いた日々のこともあり、
いまだに「子育て」関連の本は
年に2~3冊は読んだりします。

「子どもの成長は3歳まで決まる!」とか
いまさら言われても
どうもできなくて困りますが(笑)、
いろんな本を読むたびに、
いろんな考え方があるんだなと感心します。

先日、読んだ本で、納得というか
そうだよな~と思ったのは
子どもを伸ばすためには
「まずは夫婦の関係をよくすること。」

子どもには何を言ったらいいかとか
子どもには何を教えたらいいかとか
最初に思いがちですが、
そもそも、まずは親がどうであるのか
こっちがどうであるかのほうが前提ですよね。

その本には、他にも子育てにおいては、
こんなことが書いてありました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
母親が幸せであることが最も重要である。

大事なのは、とにかく話をすること。

幼児期は特にしつけが大事。
しつけは決めたことを守らせること。

親として、子供に厳しく言えないことも罪。

お母さんが子どものことで成長しても
感情的な言動が多く見られるときは、
子どものことで夫に不信感を抱いたとき。

妻と子供がケンカをしたとき、
どちらかの味方をするのではなく、
どちらからも本音を聞けるように、
普段から信頼関係を築いておくこと。

一定の年齢が来たら
親は子どもに本気で本音を語ること。

子育ての基本は、自信を持たせること。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まだまだたくさんありますが、
こんな言葉がかかれてありました。

読み終わって終わったのが
これって子育てだけでなく、
様々な人間関係にも言えるのでは?

そして何より仕事というか、
会社での社員教育に全て言い換えれるのでは?
と思いました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
社員を伸ばすためには
「まずは社内の関係をよくすること。」

社員が幸せであることが最も重要である。
(社長も管理職も社員の一員です。)

大事なのは、とにかく話をすること。

新人は特にしつけが大事。
しつけは決めたことを守らせること。

社長、上司として、
部下に厳しく言えないことも罪。

管理職や社長の奥様が社員のことで成長しても
感情的な言動が多く見られるときは、
会社のことで社長に不信感を抱いたとき。

管理職と社員がケンカをしたとき、
どちらかの味方をするのではなく、
どちらからも本音を聞けるように、
普段から信頼関係を築いておくこと。

社歴や実績がある程度積めたら
社長はその社員に本気で本音を語ること。

社員教育の基本は、自信を持たせること。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

耳の痛いところもありますが(笑)、
いい社員が見つからない、
入ってこないと言う前に
そもそもいい会社なのか?という
自問自答をすることが
大事なんだなと思いました。

子育ては、ある一定の
時期だけかもしれませんが、
人生の先輩として、先生として
若い世代にかかわっていくことは
人間、死ぬまで続くわけです。

しんどいから嫌だという人も
たくさんいるでしょうが、
それで辞めたら成長も学びも
終わっちゃうような気もします。

考え方や価値観が変わり、
今の若い世代にどう言っていいか
どう接していいかわからないとも聞きます。

注意することを何でもかんでも
パワハラだなんだと言われてしまっては
どうしていいかわからない時代。

とは言っても、我々も若い頃は
宇宙人だの、理解できないだの
言われていたはずです。

古代、ピラミッドだかの壁画にも
「近頃の若い者は・・・。」なんて
書かれているらしいので(笑)、
いつの時代も「教育」や「しつけ」は
永遠のテーマなんでしょうね。

そんな重いテーマを一人で受けるのは大変。

冒頭で地域の方と一緒に
子どもに接していくことで
その地域に溶け込める話を書きましたが、
そうやってみんなその時代を懸命に生きて、
次の世代を育てているわけです。

子ども会やPTAに地域行事。
会社の飲み会、個別相談など
めんどくさいからと逃げないで
一つ一つ積み重ねていくしかないのかな?

すぐに答えはでなくとも
関わる人たちと協力し合って
やりきれる環境を作ることが
もしかしたら一番最初に
私たちがやることかもしれません。

土台作りであり、場づくりでもあります。

子どもを伸ばすためには
まずは夫婦の関係をよくすることが
最初にする大事なことと同じように・・・。

諦めないこと

今日はとても清々しい天気です。

雨が続き心配しましたが、
昨日は無事、曇りのち晴れとなり、
娘たちの運動会が開催されました。

毎年、お互いの母(おばあちゃん)も
観に来てくれるので、お弁当は6人前。
夫婦で前日の夜と当日の朝早く
キッチンに並び、悪戦苦闘してます。

今年もいい感じでできて
娘たちも気持ちいいくらい
モリモリ食べてくれてよかったです。


(今年のお弁当です。)

運動会も娘たちはダンスやかけっこなど
張りきった姿を見せてくれ
元気に育ってくれていることに感謝しました。

一生懸命頑張る子供たちをみてると
我が子に限らず、応援してしまいます。

1年生のダンスは可愛すぎて笑いました。
6年生の組体操は感動してホロッときました。

長女は今年5年生。
来年で小学校最後の運動会となります。
来年の組体操は、
おそらく泣いてしまいそうです(笑)。

勝ち負けが全てではないですが、
紅白での勝負事なので
やっぱり最後は勝敗も気になります。

しかも、今年は初めて娘揃って同じ紅組。
朝も「勝ちたい!」と学校へ。
結果は白組が追い上げて180対180の
引き分けといった結末でした。

一生懸命な姿を見てたら引き分けが
一番いい結果な気もしました。

とはいえ、スポーツは勝敗も大事。
最後まで諦めない白組の姿勢には
子どものこととはいえ、
大人たちも力が入りました(笑)。

スポーツには最後まで諦めなかった結果、
奇跡の逆転劇も多くあります。

多くの逆転劇の中では個人的には
2015年のラクビー ワールドカップでの
日本VS南アフリカ戦が
一番記憶に残っています。

この試合の最後は何十回も観ました。
貼り付けたYouTubeの25分20秒からは
何回見ても、鳥肌が立ちます。

こんな結末は、なかなかあるものではないし、
こんな人生のご褒美はあっても
人生1回あるかないかかもしれません。

でも、そんなことも諦めたら
味わえることもないのであれば、
何事も最後まで諦めないこと、
なによりも日々の練習を怠らないこと。

言われたら当たり前ですが、
そんな姿勢で毎日過ごしていかないと
いけないですね。

無理もせずとも楽もせず。

そんなこと感じた運動会でした。