「人の値打ちと 煙草の味は 煙になって わかるもの」

3月になり少しずつ暖かくなってきました。
季節の変わり目か蕁麻疹がでて
皮膚科に通う森下です。

今月の7日で会社を設立して
なんとか1年経ちました。
なにかと気遣い、心配りを頂き
ありがとうございます。
また、この1年頑張っていきます。

今日、3月9日は思い入れのある日です。
9年前の今日が我が家の上棟予定日でした。

しかし、その2日前に
可愛がってくれていた母方の祖母が
96歳で亡くなり、
告別式が9日になりました。

母はおばあちゃんに気を遣うことなく
上棟を優先したらいいと言いましたが、
私自身がおばあちゃんと
きちんとお別れしたい気持ちが強く、
また3月なのにこの日は
雪が降ったこともあり上棟を1日延期。
おばあちゃんの告別式に
行ったのでありました。

(翌10日に実施した上棟。
夕方、餅まきもしました。)

最後の10年間ほどは痴呆になり
ほとんど会話もできませんでしたが、
とても可愛がってもらいました。

私だけでなく、たぶんみんな
可愛がってもらったのでしょうね。
告別式には娘である母や
叔父さんたちはもちろんのこと
ほとんどの孫たちが帰ってきて
おばあちゃんを見送ったのでありました。

近隣はもちろん、
遠方の方や懐かしい方も
たくさんの方が参列してくださりました。

そして子、孫はみんな大泣きでした。

普通のおばあちゃんだったのに
こんなに多くの人から愛されて
見送られているのを見て
孫としてなんだか胸が熱くなりました。
そして嬉しく思いました。

私が都都逸(どどいつ)で好きな言葉に
「人の値打ちと煙草の味は
 煙になってわかるもの。」
というのがあります。

死んでから値打ちがついても仕方ないと
言う人もいるでしょうが、
その人の値打ちはその人のためでなく
残された家族や関係者のための
ものなんじゃないかな?と思います。

それが子や孫なら
「あの人から産まれてきた、
あの人に育ててもらった。」
そのことを誇りに思わせることが
残された人にできる
最期の贈り物のような気がします。

(昔、これまた可愛がってくれた
近所のおじさんの告別式に参列したとき
娘さん3人が
「お父さん、ありがとう。ありがとう。」
って言いながら
棺に花をいれてるのを見たとき
「おっちゃん、よかったな。
ねえちゃん、よかったな。」って
心から思いました。
私が死んだときも娘達がそうしてくれたら
私自身も娘達も本当にいいなと思ってます。

そのためには日々の積み重ねですね。)

予定ではまだまだ先の話ですが(笑)、
先で自分が煙になったときに
「オマエらの父ちゃん、アホやったわ。」と
周りの人から娘達が言われぬように
「オマエらの父ちゃん、アホやったけど
ええ男やったぞ。」と言われるように・・・
(どの道、アホなのは変わらないんやな・・・。)

慢心することなく
勘違いすることなく
地に足をつけて生きたいと思います。

都都逸も過去、
一度しか聴いたことがありませんが
機会があったら聴いてみたいですね。

おそらく一番有名な都都逸は
学生時代、社会で習った
「散切り頭を叩いてみれば
 文明開化の音がする。」ですね。

「恋に焦がれて鳴く蝉よりも
 鳴かぬ蛍が身を焦がす。」とか
「立てば芍薬 座れば牡丹
 歩く姿は百合の花」も有名ですが

有名でなおかつ一番耳にしたことある
都都逸はこの方のこれかもしれませんね。

「一度でいいから見てみたい
女房がへそくり 隠すとこ。

桂歌丸です・・・・・・。」

お後がよろしいようで。