「足し算」ではなく「かけ算」

学生時代、テストの順位は
合計点で判断されていたこともあり
評価って足し算(+)でされる感じがしますが、
大人になってみると結構、かけ算(×)で
評価されてるなって気づきます。

英語90点、数学85点、国語90点、
理科80点、社会85点で合計430点で
順位は100人中10番!みたいに
評価されるのが子どもの頃としたら

大人の社会では例えば、
商品を比較してどこで買うか決める時、
10点満点として品質9点、デザイン9点、
実績8点、将来性8点、価格8点で
合計点34点として比較するのではなく、

これに好き(+)か嫌い(ー)をかけて
41,472点か0点のいずれかで
最終的に判断するとしたら一気に逆転、
「評価はかけ算」の恐ろしさを思い知ります。
(他決されるということは、
大人の商売の世界では0点なわけです。
厳しい話ですが、ここを誤魔化したら
やっぱりいけないと思います。)

レスギブリンさんが書かれた本、
「セールスの本質」に書いてあったのですが、

個人も会社も「どうせ買うなら
気に入った相手から買いたい」と思い、

特に競合先があなたと同じものを
同等か同等以下の値段で
売ろうとしているときに重要な要素となります。

売ってる商品が新しく斬新なもののうちは
商品力だけで逃げ切れますが、
どこも同じようなものを売りだしたときは
好き嫌いの要素が大きくなります。

自分が売ってる商品の価格が
比較して高めのときはなおさらのことですね。

善し悪し論で「良い」からと言って
好き嫌い論で「好き」だとは限りません。

凄いことは認める。良いことは認める。
でもだからといって
買ってもらえるとは限らないわけです。

いいものさえ作ったら
買ってもらえるわけではないから
商売は難しいとしても…

どうやったら相手に好かれるのか?は
お客様の立場で考えたら
いっぱいヒントがあるわけですから

自分が評価されるときに
自分のマイナス点は何か自覚して、
個人でも会社でもきちんと対応しておくことは
これからの時代、大事かもしれませんね。

姑が戒めとすべき鑑は遠くにあるのではない。 自分が嫁だった頃にある。

先日のとある雑談でのこと。

社長になってしばらく経ったある方から
「社長としてこれから社員に
どんなことに気をつけたらいいのか?
どんなことにしてやればいいのか?
又どんなことをしないようにしたらいいのか?
どう思われますか?」と尋ねられました。

勿論、社長の人としてのキャラもあれば、
会社の規模や社員さんの人数等もあるので
万人に共通して言えないかもしれません。

なので、確か福沢諭吉さんの
「学問のすすめ」に書いてあった話を
例え話でしてみました。

それは
「姑が戒めとすべき鑑は、
遠くにあるのではない。
自分が嫁だった頃にある。」って話。

要は、姑が息子のお嫁さんと
うまく付き合っていきたいのなら
昔、自分がお嫁に来てから
姑にされて嬉しかったことを
息子のお嫁さんにしてあげればいいし、

ケンカしたり、イジメたいなら
昔、自分がお嫁に来てから
姑にされて嫌だったことを
息子のお嫁さんにしてあげたらいい。

それと似ていると思いますとお話したら
笑いながら納得してくださいました。

要は、自分が新人の頃や若かった頃に
社長や上司にされて嬉しかったことを
してあげたら頑張ってくれるし、
言われて嫌だったことを言ったり、
やられて傷ついたことをしたら
スタッフのみんなは辞めていくだけです。

今の若い子はすぐ辞めるって言われますが、
育てるってことを昔の言い伝えの如く、
獅子が我が子を谷に落とすことのように
「自分で考えさせないと成長しない。」
と言って、何の指導も手助けもなく
本人に任せっきりにしていませんか?

それは多分、みんな辞めますよ(苦笑)。

そもそも若い社員に
成功例を見せてあげるわけでもなく
成功体験もさせてやらないのに
若い子が育たたないと言うのは
どれだけ無責任な発言か?

まずはつきっきりで教えてあげて
何回も成功パターンを体験させてあげること。
それをやらないのに成長だけ望むのは
やっぱり厳しいと思います。

即戦力が入社してくれるなんて
実際は奇跡に近いわけですし、
誰の力も借りずに成果を出す
奇跡の即戦力は悲しいかな
もっと条件のいい大手に行くのが現実。

そして何よりの話、
我が子を谷に落とすと言われている
獅子(ライオン)は実際、我が子が
谷に落ちたら助けにいくそうですから(笑)。

甘やかすことがいいとは思いませんが、
自分が手本を見せてあげないうちは
なかなか人は育たないものです。

親の如く、手をかけて育ててくれたからこそ
その人が将来、自分を助けてくれる人に
なってくれるのではないでしょうか?

そこまで恩がなかったら
先でお金次第になるのも仕方ないのが
本音ともいろんな人を見て思います。

上位3分の1を目指す考え方

弁護士 山口真由さんのお話を読んで
なるほどな~って思ったお話。

山口さんが東大を首席卒業されたと聞いたら
「東大で一番、頭がよかったんだ。」と
私たちは思ってしまいがちですが、
実際は意味合いが違うようです。

もちろん優秀なことには違いはありません。

ただ私たちが受け取るニュアンスは
入試をトップ合格したといったような
点数が一番高かった感じだったりしますが
首席卒業とはそういった判断ではないそうです。

大学の成績は一般的に
「優」「良」「可」「不可」といった
4段階で評価されます。

「可」以上であれば単位がとれます。
そして目安としては
全体の上位3分の1以上であれば
「優」がもらえるのが仕組み。

とすれば、あくまで大学の成績は
順番が何番だったかってわけでもなく
「単位」が取れているかどうかや
「優」の数がいくらかで判断されるもの。

どの教科も3分の1以上であれば「優」となり
おそらくすべての成績が3分の1以上なら
結果的に首席合格となるのです。
1位でなければいけない必要はありません。

入試も1位になることが目的ではなく
合格することが目的なわけで、
首席合格もどれだけ全体の3分の1以上かで
判断するかなので似ていますね。

とすれば少し苦手なことがあったとしても
3分の1以上になればいいという考え方なら
日々の生活にも参考になる話です。

例えば、営業成績でもなんでも
1番になるというのは難しく、
1番で居続けるのは至難の業。

でも、毎月成績を
全体の3分の1以上を維持することで
周囲からずっと評価されるとすれば
働き方も考え方も
いろんな方法があるのではないでしょうか?

弱みを強みに変えることは難しく
なかなか結果に結びつかないもの。

それならば強みを一層、伸ばして
全体の3分の1以上を目指す考え方って
なりたい自分になれる近道かもしれませんね。

「自分の負けを認めること」

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

年が明けて読んでた本に載っていた話。

40数年前、「エースをねらえ!」
という漫画がありました。

今となってはもう時代にそぐわない
表現になるスポ根漫画のはしりで、
テニス選手の成長を描いた物語。

少女漫画だったこともあり、
今まで読んだことはなかったのですが
その中でなんとも印象的な
名言があったのでご紹介します。

ケガで本領を発揮できなった相手側陣営から
再戦を迫られた「お蝶夫人」こと
竜崎麗香さんはこう言って切り捨てました。

「みんな、ベストの状態で
試合をできることなんてないのよ。
それでもその状態でベストを尽くすものなのよ。
自分がベストな状態ではなかったと
言い訳する人、そういう人達には
テニスに対する敬意と集中力がないのよ。

審判の判定が不利だと不服を言い、
やれ暑い、やれ寒いと天候さえ
自分に不利であるかのように語って、
自分の負けを認めないのよ。

対戦相手の勝利を讃えることが
できないような人には勝負をする資格はない。」

「・・・・・・・・・・。」

部外者の私ですら
ぐうの音もでませんでした(笑)。

人間って勝手なものです。

うまくいったら全部、自分の手柄。
うまくいったのは自分がよかったから。

でもうまくいかなかったのは…
相手に断られたのは…
他社に契約をとられた理由は・・・

景気が悪いから、
商品が悪いから、
会社が悪いから、
社長が悪いから、
〇〇さんが協力してくれなかったから、
向こうの方が安かったから・・・・

うまくいかないことは
いつも誰かや何かのせいにして
自分は悪くないと言い訳し続けて
反省もしないし、相手を尊重もしない。

そして自分には落ち度がないと言い張り
臭いものに蓋をして
自分の負けを認めないことが多々あります。

だからと言って誰かを
攻撃していいわけはありませんし、
他人を陥れてもいけないです。

でも、できなかったときは
どうしてできなかったか見つめ直し
自分自身に問い続けることを放棄しては
結局は成長も何もないわけです。

うまくいかなかったときに
自分の負けを認めること。

自分にとっても周りにとっても
おれはとても大事なことだと思います。

2022年の今年は
自分の負けを認めることを
目標にしていきたいと思います。

今年もよろしくお願いします。